| テニエルは勿論のことリーチやドイル、シェパードといった様々な画家が描いた「パンチ」の風刺画は、現在でも「パンチ」公式サイトで見ることができます。当然ながら当時のイギリスの社会情勢や風俗などが題材になっているので、現代の日本人が見ても意味が分からなくて面白くないんじゃないの…と思ってしまいがちですが。子供の頃から何百回とアリスの挿絵を眺めてきた身としては、分からないはずの風刺画にどういうわけだか妙な親近感を覚え、分からないなりにも魅力的に感じてしまうのです。それもそのはず、テニエルは「アリス」の挿絵を描くにあたって、「パンチ」の風刺画の様々なイメージを流用していたのです。その辺りの詳しい分析はマイケル・ハンチャーの「アリスとテニエル」にぎっしりと載っておりますので、テニエルが描いたアリスの挿絵が好きな方は是非読んでみて下さい。谷口博幸著「ヴィクトリア朝挿絵画家列伝」も良い参考になります。 さて本来風刺画は大人向けのものですが、テニエルのみならず19世紀の風刺画家たちは子供向けの本の挿絵もたくさん手掛けていました。ウォルター・クレイン曰く当時はまだまだ幻想的な絵を描く才能が発揮できる場が児童書に限られていたそうで、その辺りの事情も大いに関係ありそうですが、さてテニエルの場合はどうでしょうか? キャロルとの間に軋轢を生んで挿絵の仕事に嫌気を感じたという逸話からも、テニエルの本業は飽くまで風刺画家であり最も有名な「アリスの挿絵」は結局のことろ画家本人にとっては余技でしかなかった、という解釈が一般的です。ですが、テニエルは「パンチ」の風刺画家になる前にも「イソップ寓話集」などの児童書の挿絵を描いています。 そして実際は風刺画にも童話の挿絵のごとき空想趣味が発揮された作品が多いのです。政治漫画は当然ながら著名人を滑稽に描いた多少なりともグロテスクな絵が存在するわけですが、19世紀の「パンチ」においてはそんな中に騎士やドラゴンなどの中世モチーフ、立派な洋服でめかしこんだ動物たちなどといったメルヘンチックなものが混在しています。メルヘンでちょっぴりグロテスクといえば、すなわち「アリスの挿絵」の世界そのままです。伝統に縛られたロイヤルアカデミーに失望した(失望しつつ最後まで未練があったらしいけど)テニエルにとっての「挿絵」と「風刺画」。その相互作用は非常に奥深いものに思えてきます。 |